Joselo
OSO
リエキンリエコン

joselo rangel

が開く38秒間、サーカスのようなパレードの中で、そのもっと向こう、 沢山の光と凄い音と、沢山の動きと、死を見ろとの声に、君の目はもっと見開く。

カフェタクーバのギタリストで るホセロ・ランヘルのソロデビューアルバム 『OSO(熊)』はこのような冒頭で始まる。しかしこのたった38秒の部分は、 このアルバムの最初のシングル『Muerete(死ね)』の待ち合い室なのだ。

我々のラジオ局でのインタビューで、ホセロはソロとしてのアルバム発売の興奮と緊張、 それに加えて、人々がどのようにこのアルバムを評価するか、またマスコミが発するで ろう 好評とか不評とかといったプレッシャーが加算されると話していた。

ホセロとは何者か?彼はマンゴーやアボガドなどの果物の木々に囲まれた朝を迎える ベラクルスの素晴らしい港に る、ミナティトゥラン出身、1967年9月11日生まれ。 彼は音楽に辿り着くまで、様々な趣味を通ってきた。それらはコミックを描く事だっ たり、野球だったり、 SF小説を書く事だったり、デザインだったり。しかし最終的に音楽に辿り着いた彼は、 ミュージシャンとして活躍している。

彼は後にメキシコシティ、むしろメキシコ州といった方が正確だが、サテリテという所に 引っ越しし、その界隈を拠点にしていたのだが、もう少し北の方への地区へと彼が拠点を 広げていったのは、その地域には毎ブロックごとに練習しているバンドが ったからだ。 むろん、それらのバンドは彼等の崇拝していたバンドのコピーバンドの群れで った。 ホセロと、彼と同様カフェタクーバのメンバーでも る弟のキケはそれらのバンドの 幾つかで演奏していたが、ライブをしたことは一度もなかった。

その後、ホセロはUAM(メキシコメトロポリタン自治大学)に入学し、そこでカフェ タクーバのメンバーで り、ホセロのソロアルバムのプロデューサーでも る ルベン・アルバランと出会う。 それ以来、彼等は後にカフェタクーバとして彼等全員の人生を大きく変えることにな るバンドを組む。

カフェタクーバは今までに5枚のアルバムと1枚のバストアルバムを出し、 David ByrneやKronos Quartetなどのアーチストとコラボレーションしてきたし、 MTV MUSIC AWARDを2回、ラテングラミー賞を1回それぞれ受賞している。 世界の ちこちで活動をしてきた彼等だが、2001年に1年間の活動休止を決め、 ホセロはその期間を使って、以前から書き溜めていた楽曲を発表する事にしたので っ た。

ホセロがルベン・アルバランにこのソロとしてのプロジェクトのプロデュースを依頼 したところ、ルベンは快く承諾。 もしこれが、他の友達ならば、(メキシコ人の性格上)やはり、どうしても もっと時間が掛かった事だろう。 今回のアルバムにはルベンだけではなく、ホセロの仲間の多くが参加している。 ざっと挙げてみると、Los Liquits(ロス リキッツ)、Sr.Gonzalez(セニョール  ゴンサーレス)、ホセロにメキシコ音楽の秘密を教えたAlejandro Flores (アレハンドロ・フローレス)、Jumbo(ジュンボ)のエディ、 Luis Franco(ルイス・フランコ)、Luis Miguel Costeo(ルイス・ミゲル・コステロ)、 女性ボーカルとしてNohemiBalbi(ノエミ・バルビ)Amalia Tuero(アマリア・トゥエロ)など。

このアルバムはカフェタクーバの録音スタジオで録音され、楽曲は1995年から2 000年の間に作られたもので る。全てのインディーズ作品と同じ様に作られ、 録音され、メキシコのインディーズレーベルSUAVE(スアベ)から発売されている。 このホセロ1stアルバム「OSO」、その彼の言葉の中に、愛とか嫌気とか自己分析や 希望の歌を見つけるだろう。 しかし、このアルバムに らかじめ設けられたテーマなどなく 「 るとするならば、それは僕の人生のテーマというテーマ。」とはホセロの談で る。